1982年(昭和57年) 11月15日(月曜日)
「あくび、無愛想(ぶっちょう面)、かげ口、舌打ち、ふところ手」。これが三越小僧(店員)の五禁である。「ぶっちょう面のなおらぬ者はやめて、葬儀屋の小僧となるべし」など、今に生きるユニークな家憲の一節である。
三百十年の歴史をもち、「今日は帝劇、明日は三越」とうたわれ、物質文明の頂点のように思われ、三越の包装紙が上流指向の象徴でもあった。
しかし、流通業界はスーパーの大旋風。三越はダイエーに抜かれ、ニセ秘宝展、岡田前社長の逮捕と、すっかりブランドイメージを落としてしまった。
先日、久しぶりに糸川英夫先生の発想法をお聞きした。「悪口を言われたら、ニコッと笑え。自分(自社)の悪口をメモする。その悪口の裏がえしが新製品である。」と。悪口をいわれれば、しかめ面が普通である。笑顔で返し、冷静にメモをとり、反省材料とする。なかなか言うはやすく、行うのに骨が折れるものである。
長たるものは単に職業的能力に優れるだけでなく、人間的能力(器量、度量、情義)を兼ね備えねばならない。また長を補佐する謀臣(参謀)は、決断を促し、激励し、間違いを正す力量が必要で、イエスマンであってはならない。顔色をうかがうだけの従属集団から真の自立集団を育ててこそ経営者といえる。
中国のことわざに「順理則裕 従欲惟危」がある。「利に従えば裕(ゆた)かなり、欲に従えばすなわち危うし」である。社会の公序良俗、会社の秩序に従えば発展し、よこしまな考えで欲ボケると会社を危うくする。ゴルフだってギリギリ最短距離をねらってOBを出すものである。目先の欲望にまどわされることなく、しっかりとした大局観をもつべきである。
人との出会い(運)、いい発想の持続力(根)、敵を作らず吸収する(鈍)。この運、根、鈍、が処世術のカギではなかろうか。強大な権力におもねることなく、常に自戒の念をもって経営に全力投球すれば、伝統はますます精彩を放つものである。
(慎三)
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