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2012年8月28日火曜日

個々の活力を集団の力に

1983年(昭和58年) 11月28日(月曜日)

三十年前、友人と氷川丸に乗り、神戸、名古屋、横浜と豪華客船の旅を味わったことがある。その時、一等客室のアメリカ銀行の頭取にプロムナードデッキで聞いた話が思い出される。「バイスプレジデント(副社長だが実質支店長クラス)を任命する前に、ゴルフを共にし、パットの時間いかんで、決断力を見極める。奥さんとお会いして、主人への協力度を確認する」とのことであった。

ドライな業績主義の米国人でさえ「パットの決断力」とか「夫人の協力度」といった業績以外の人格的要素を昇進の条件にしているのである。

集団思考の強い日本の社会では、複雑多様な人間関係の良きさばき手が上司、上役の適格者ではなかろうか。我々は小さい時から人の和、素直な気持ち、気くばりの大切さを教えられ、グループ環境の中で、役割を十分果たす人間として育てられて来た。こうした日本社会の風土では、酒を飲んで上司の"悪口"に花をさかせることも、組織の連帯感を強めるために必要である。上司は、その辺を理解して活用するのが肝心だ。

山本五十六の言葉に「やってみせて、言って聞かせて、させてみて、誉めてやらねば、人は動かじ」がある。いまでも名言だと思う。個人の活力が会社を押し上げ、また一方で会社という集団の力学が個人の能力、個性を大いに培ってゆくものだ。
(慎三)

2012年8月23日木曜日

「殿様商売」から「共感販売」時代へ

1983年(昭和58年) 10月24日(月曜日)

秋の深まりと共に、国際デザインフェスティバル、フォーラム・イン大阪、テクノオオサカ、などのエベントで"大阪築城400年まつり"は、いま最高潮である。

先日リコーの浜田社長にお会いし、こんなお話をお聞きした。「あるお客さまから"リコーもにもゼロックスがあったのですか"と言われてがっかりしましたよ……」と言うことであった。リコピーが湿式コピーの代表で、ゼロックスが乾式コピーの代名詞になってしまっているのである


元来商標として登録され、それが全く一般名詞のように身近に使われているものに、セロテープ、サランラップ、サークライン、キャラバンシューズ、ニクロム、テープコーダー、デコラ、ホッチキス、プラモデル、ポラロイド、ボンド、シャープペンシル、マジックインキ、バーバリー、アスピリン、メンソレータム、ヒロポン、コークからカップヌードルまで実にたくさんある。もし商標のアクアラングを「水中呼吸装置」と言い直したり、タッパーウェアを「食品保存用ポリエチレン製容器」などと書くと、全く違ったニュアンスに感じるほど、愛着を覚えているものである。

会社には、経営理念、企業行動についでこれらの顔とも言える企業表情があるはずだ。消費者やユーザーに知られ、可愛がられ、覚えられる商品名や会社名が浸透し、それが根回し力となり、企業の主体性を培ってゆくのである。

さらのその影響力が、その地に大きく根づくにつれ、日立市、豊田市、キヤノン通り、東洋大橋(広島)など、市や町や通りに顔をのぞかせる。まさに「企業城下町」なのである。単に良いものを安くつくることから、よく知ってもらい、共感を得て、買ってもらう時代になっている。「殿様商売」から「共感販売」の時代へと大きく変化をとげているこの時に、今一度自社の存在理由を問う必要があるのではなかろうか。
(慎三)

2012年8月14日火曜日

楽しい「社内ギネスブック」

1983年(昭和58年) 9月26日(月曜日)

厳しい残暑も終わり、やっと秋らしい気候になって来た。すこし旧聞に属するが、ある工場長がやって来て、「数日前から夜勤者が働いているにもかかわらず、泥棒が入り、ロッカーを荒らされた。昨夜仕かけをして、やっと泥棒を取りおさえた」との報告であった。

同日夕刊の社会面トップ記事に"ロボット会社のロボットが泥棒をつかまえた"と大げさに報道された。これは被害にあった工場のリーダーが、何とか工夫をこらしてつかまえようと、自宅から持ち込んだ道具立てで、回路を組み、見事逮捕ということになった。

当人は直接ロボット製作にたずさわっていた訳ではないが、常に創意工夫に留意し、今回の執念の細工で、泥棒逮捕のヒーローとなったのである。

我社では数年前から「社内ギネスブック」を設けている。たわいもないことだが、社員のコミュニケーションと楽しい建設的競争心を盛り上げようと、試みに始めたのである。カレーの早食い、大声、背筋力、背走、シリンダーの早組みから、スマイルNo1(美人No1ではない)に至るまで、仕事に関係のないものも含め、大いに受けている。

運動会シーズン、体力と技を競うのもよいが、カラオケ、司会のうまい者、キャンプ指導のベテラン、祭太鼓を打てばピカ一、落語が出来る、写真、セールス競争、改善提案No1、とたくさんある。それぞれの特性、努力を皆に知らせる、まさに「叱責より賞揚」の効用が如実に立証されるものである。

また、それらの特技、趣味を社内文化体育活動で大いに生かすもの、仕事に直接反映するもの、「彼にそんな隠し芸が……」と上司から見直されるもの、ヒーローもまた色々である。

もちろん、「スーパーヒーロー」は社長であるが、このような各部門、各分野の「ミニヒーロー」がどんどん出現してはどうか。ギスギスした仕事の中だからこそ、豊かなたのもしいヒーローを待ち望むものである。
(慎三)

2012年8月9日木曜日

活力生む根源は人の組み合わせ

1983年(昭和58年) 8月29日 (月曜日)

先月、第七番目の工場が奈良にできた。薬師寺に近い環境抜群、交通至便の地である。現地の別法人であり、旧来からの社員と、本社から移籍したものとは経歴、育ち、技量、年齢や、それぞれ集団の理念、仕事の手順など異なるものである。幸い旧社員、移籍社員の間に何のトラブルもなくスムーズに新しいチームワークが出来たのはあり難いことである。

三年計画で社内にブラスバンドを育てようと思いつき、今年その第一陣が、吹奏楽日本一となった淀川高校から入社した。お盆の「社内納涼大会」、ビア・パーティーの時に、たった五人の小編成ながら演奏会を開いた。トランペット、トロンボーン、フルート、ホルン、ユーホニウムと、息の合った、金管楽器のみのクィンテット(五重奏)のハーモニーの美しさに酔った。

人それぞれの持ち味、能力をうまく合わせ、組織化するには、その感情や意思を大切にしなければならない。くせ、短所は裏返せば長所と言えるのである。組織活力を生み出す根源は人間同士の組み合わせであり、その組み合わせは性格、学歴、年齢、文科系、理科系、はては血液型にいたるまで、その多様さがやる気と共に妙味を発揮するので有る。

なかんずく上に立つものが、万事に「気くばり」をして、部下の心をつかむことである。うまく行かない時は、責任転嫁したり、環境のせいにせず、自らの人格、ネットワーク力、影響力の不足と自戒すべきである。

法隆寺の棟梁であり、最近薬師寺の金堂、西塔、東塔を建立した西岡常一氏からお聞きした「法隆寺大工に伝わる口伝」に

 搭組みは 木組み
 木組みは きのくせ組み
 木のくせ組みは 人の心組み
 人の心組みは 棟梁の工人への思いやり
 工人の非を責めず、己の不徳を思え

というのがある、課内、部門内、会社の活性化のため、もう一度心くばりをしてみたいものである。

(慎三)

参考

余暇にも望みたい「ゆとりの構造」

1983年(昭和58年) 7月25日(月曜日)

入道雲が夏空にわき出した。いよいよ学校も会社も夏休みシーズン到来である。なかんずく企業の夏季休暇は、七月の終わりから盆に集中し、自動車会社などは十連休の所まである。また海外ではバケーションが長く、商売のネゴシエーションもしばらく途切れることになる。

バケーションとは頭をベーカント(空っぽ)にする意である。日本人は総じてレジャー下手である。せっかくの夏休みも「テレビでゴロ寝」ときめこんでいる。特に中高年世代にはレジャーを罪悪視し、、浪費ときめつけ、上司、同僚に気をくばりながらの遠慮がちな話題でしかない。そういう筆者もいつものことながら、いまだに仕事に追われて、休暇の計画も立てていないのが実情である。

働きバチ、働き中毒と海外からそしられながらも、正月、ゴールデンウィーク、夏休みは”民族大移動”を思わせる旅行の盛況である。レジャー(余暇)には、一、仕事の疲れをいやし、ストレスを解消する。二、スポーツ、けいこごとの様に目的意識をもって、自由時間を使う。三、遊びそのものを自分の趣味として楽しむ、という三つの意義があると思う。

日本人はテンション(緊張)民族と呼ばれているが、遊びにもまた、徹底してカンカンになる。例えば、真夏のツーラウンドゴルフ、徹夜マージャン、決死的ロッククライミング、注意報下のいそ釣り、などである。趣味、スポーツもその道の奥義をを究め、華道、茶道、柔道、剣道からゴルフ道、ジャン道(マージャン)、パチンコ道と、トコトンまでやる。欧米のバケーションの様に、ただぼんやりと海浜ですごす、この「ゆとりの構図」とは異質なものなのである。民族性の違いとはいえ、日本人はレジャーにも常に生産性を考えている様にみえる。

「これはだめ」「あれはいけません」の教育ママゴンによる禁止語が70%を超すと、これを「母源病」といい、受身の「指示待ち人間」ばかりを作ってしまう。余暇利用にも、自主性のある「明日の活力を引き出す」楽しい、安全な、個性あふれるバランスのとれた過ごし方をのぞみたい。
(慎三)

2012年8月8日水曜日

「あき缶公害」とリサイクル

1983年(昭和58年) 6月28日 (火曜日)

梅雨明けも間近い。ギラギラした太陽の下、ビールや清涼飲料水が、急上昇に売り上げを伸ばしている。ビール四社で八三種類の容器がある。ビールもTPO(時・場所・状況)で好みのサイズやタイプで飲み分ける時代だ。

生の樽(たる)型容器、びん、缶、PET(ポリエチレン・テレフタレート樹脂)容器と材質のいかんを問わず、販促のためのファッション化、多様化が進行している。”飲みごろ”の文字が出て来る「冷やしだし」の生ビール。世界最小の「ひとくち」びん生、とっ手付き生樽容器と新製品の続出である。

日本酒は昔から一升びんと決まっており、全国三、三〇〇の醸造家がラベルだけで銘柄を表していた。しかし最近は日本酒もワイン型、ウィスキー型のびんから、陶器、缶、PET、紙と、伝統的容器は減少一途である。それにしょうちゅう、しょうゆ、酢、ぶどう酒、、清涼飲料水、スポーツドリンク、栄養ドリンク、ソース、食用油などがそれぞれ思い思いのワンウェー容器(使い捨て)を使用している。

その中でも年間一二五億個も消費され、焼けも腐りもしないスチール缶、アルミ缶は「あき缶公害」の元凶といわれ、自然破壊、環境汚染をもたらしている。



あき缶をペコンとつぶすプレスとして「カンペコプレス」を開発してすでに十六年になる。資源の有限性、リサイクリング(再利用)をかかげ、全国の観光地などですでに二千数百台が活躍している。

リサイクルは環境汚染の防止、省資源、自治体のゴミ減量、地域経済社会の確立と、世界的にみても天然資源の発掘以上に大きな意義がある。

「容器、包装は沈黙のセールスマン」であるが、”十二単衣(ひとえ)”と言われるような過剰包装やワンウェー容器の投げ捨ては社会問題化している。単にマナーにたよるだけでなく、いかにしてリサイクルという"自然の摂理"を経済システムの中に組み込んでゆくかが今後の課題といえる。

(慎三)

カンペコプレス 発売元 エヌ・イー・ディー・マシナリー株式会社
所在地
 : 
東京都港区浜松町1-12-9 長谷川ビル
TEL
 : 
(03)5472-6411




2012年8月6日月曜日

甘え捨て、創造性を伸ばそう


1983年(昭和58年) 5月23日 (月曜日)

「五月病」、「出社拒否」。そこにはイメージと違った企業の実態、複雑な人間関係などの加部にぶち当たり、たちまち逃げを打つ新入社員の甘えが見える。今まで月謝を払って自由に授業を受けた大学と、厳しい仕事の対価として月給を受け取る拘束社会とのギャップである。

しかし集団社会における適応を早め、組織内規律の重要性を認識し、体得させるため、すでに十七年間「新入社員の野外活動による合宿訓練」を実施している。指導力、協調性、積極性、創造性の養成は企業の基本目的であるが、組織において各人が自由に創造し、個性を発揮するにはルールが必要である。ルールなしに自由奔放にやれば、当人は悦にいっても、まわりは迷惑である。ここに規律が必要である。

動物学者シートンはそのインディアン研究の中に「人の話に割り込むな。人と人の間に割り込むな……」などの「インディアンの掟(おきて)」をあげている。今昔、洋の東西を問わず、掟、エチケット、ルール、規律は必要である。

キャンプファイア。燃えさかる炎とともに、創造性あふれるスタンツ(寸劇)、ゲーム、ソングと、各班の集団のパワーが爆発する。忘れえない感動のひと時である。この能力の引き出し役がカウンセラーである。一年から四、五年ぐらいの先輩でしかない彼らが「同じ屋根の下で、同じ釜の飯を食い、同じ目的を語り合う」三同主義、体験学習のリーダーなのである。「教えることは学ぶことである」の意を体得してもらうことが出来る。

仕事は男にとって人生そのものであるといっても過言ではない。幾多の難関を突破して入った、あこがれの会社である。

「学校を選んでも担任の先生は選べず」「会社を選んでも職場の上司は選べず」である。しかし少なくとも「下手な上司は一生の不作」と言われぬよう、心したいものである。
(慎三)

2011年12月8日木曜日

個性あふれるエスプリ身につけて

1983年(昭和58年) 4月26日 (火曜日)

久しぶりのパリ。マロニエの新緑が目にしみる。ルノー自動車の本社。リクルート(新入社員)の不安と緊張に満ちた雰囲気の中にも、新鮮さが感じられる。この地で欣喜雀躍(きんきじゃくやく)のフランス各地から集まったフレッシュマンを見て、ある種のノスタルジア(郷愁)さえ覚えた。

社内報に出身地別名簿(社内県人会)を掲載したところ、好評を博した。大都会はいろいろな意味でエトランゼ(異邦人)の集まりである。いずれかの時に、同郷を懐かしみ、いたわりあうのもよいものであろう。

「なくて七癖(くせ)」と言われるように自覚していない癖がある。何か質問されると接頭語のように「イヤイヤ……」を連発する「イヤイヤ族」。スピーチの時に「いわゆる……」を無意識の間に何十回もいう「所謂(いわゆる)族」。朝礼時にいかにも忙しげにノートをめくる者。前後にステップする者。実に枚挙にいとまがない。「人の振り見て、我が振り直せ」である。子は親の鏡、「進入社員は企業の鏡」ではないだろうか。画一的教育を終わって、いよいよ社会人。個性あふれるビジネスマンのエスプリ(魂)を見につけてほしい。

映像世代の増加、情報過多、仕事、遊びで多忙、ストレスが多い、本が手に入りにくいなど「活字離れ」の理由はたくさんある。我が社では一番人通りの多いところに「図書コーナー」を設置した。しかし隣のキャッシュディスペンサー(現金自動支払い機)ほど利用されていないのが残念である。カラオケが家族に百万台普及しているという。その影響か、自己表現とマイクの扱いは実に上手である。

感覚人間(テレビ世代)、思考人間(活字世代)と隔絶的に行き方を区別する必要はなかろう。しかし、受身の成り行き行動から、今こそ能動的、創造的行動への切り替え時期である。ピーマン人間(中身がない)からキャベツ人間(中身がある)、セロリ人間(一本筋が通っている)になろうではないか。

(パリにて、慎三)

2011年12月5日月曜日

電算機に負けない総合判断力を

1983年(昭和58年) 3月28日 (月曜日)

桜が咲きはじめた。春、真っ最中である。卒業式、謝恩会、卒業コンパ、入社式、新入社員歓迎パーティー……フレッシュマンがやって来る。グループ企業23社中「太陽」「昭空」だけでも140名のリクルートだ。三語族(ウッソー、ホントォー、カワイー)を連発する若い女の子、漢字族(誤字、脱字、アテ字だらけの若者)といわれる昭和36-40年ごろ生まれた新入社員を大量に迎える。昭和一ケタ族から見れば何もかもが、ゼネレーション・ギャップ(世代格差)である。

家庭で一番抜けているあいさつが”いただきます””ごちそうさま”だとテレビで報じていた。新入社員に聞いてみると、”お早うございます”と朝の挨拶を家族間で交わすのは10人に1人である。会社はそうはいかない。同僚、上司、そしてお客様と何度も何度も頭を下げる。是非一日も早く会釈とあいさつが楽しい習慣になってほしいものである。「あいさつは職場の潤滑油」だからである。

情報化時代である。新入社員にスポーツ紙を片手に出勤するより、経済紙か一般紙の経済欄を読むことをすすめる。入社早々にマイコン、ワープロなどのOA(事務の自動化)機器を使い、ロボット、CAD(コンピューターによる自動設計)などのFA(工場生産の自動化)と取り組むことになる。環境は激変しているのである。

その中で我々は、今日的なカタログレベルの表面的な底の浅いコミュニケーションの応答だけではすまされまい。コンピューターレベルのプログラム、データ処理に負けない判断能力を磨いているだろうか。またロボットレベルの記憶再生の単純繰り返し作業に追い抜かれてしまってさえいないだろうか。反省させられるところである。これからのビジネスマンには、深い意思疎通、電算機に出来ない総合的判断、ロボットが追従できない創造力を装備して、OA、FA時代の機械に負けない比較優位の時代を築いてゆかなければならない。

(慎三)

2011年11月9日水曜日

機械時代こそ人間固有の能力高めよ

1983年(昭和58年) 2月28日(月曜日)

厳しい寒さがこのところ続いたが、もう目の前に春がやって来た。「ロボットが刻む愛の言葉」とはやされた我が社のロボットも、今年はキャラクター・チョコレートの製造に活躍して、バレンタインデーには大いに注目を浴びた。

「感字世代 テレビ 漫画に育てられ」と時事川柳にあるように、青少年(10-24歳)の64%が「漫才やギャグ、コント番組の真似をした」ことがあり、53%が「アイドル歌手のまねをした」ことがあると答えた。また、ドラえもんやアラレちゃんなどの「キャラクター商品を買った」ことがあるものは38%もあり、テレビの影響力にびっくりする次第である。

消費者のニーズの多様化んい合わせた多様生産時代(FMS)を反映して、個性豊かなキャラクター商品の洪水である。まさにフィーリング世代には、じっくりと感性をとぎすましている時間的余裕はないのかも知れない。

「民放のコマーシャル トイレの時間あり」とよまれているように、15分ごとのコマーシャルが、テレビ番組に投入している時の息抜きであり、用をたすクォータータイムなのである。関学の置塩就職部長が「このごろの大学生は持続力がなく、15分か20分でソワソワ、モジモジする。これはテレビっ子の典型だ…」と言っておられる。今さらテレビの功罪を論ずるつもりはないが、「集中力の欠如と、行動が受身になる」ことはたしかのようである。

成熟化した管理社会の中にあって、新システム、巨大システムが次々に導入されてくる。ロボット、コンピューターが人間領域の仕事を素早く、的確に処理してゆく。その中にあって、人間のみに固有な能力がかえってコンピューターレベルに引き下げられ、退化するおそれさえある。そこで創造性、多様性、総合化、連想、要約、抽象化など人間固有の精神能力を高めるために、受動的、定型的セットメニューを排し、今こそ複雑な問題処理能力を充実させるべきである。

(慎三)

2011年9月20日火曜日

経済鎖国を脱し、国際人脈づくりを

1983年(昭和58年) 1月31日(月曜日)

日本の真冬、大寒にアセアンをはじめとする中小企業サミットと国際貿易投資コンベンションがはじめて大阪で開催された。投資セミナー、工場視察ツアー、業績別懇談会、個別商談会など新しいビジネスのチャンス、パートナーを求めて意義深いものであった。工場視察ツアーの中、9カ国、33人がロボット生産工場の見学に来社された。ロボットが「WELCOME」と筆で書いて歓迎し、その色紙を全員に持ち帰っていただき、大変喜んでもらった。

 席上「日本の中小企業経営の特長」をスピーチした。欧米のレイオフ(一時解雇)制度に対して安定雇用制(終身雇用制ではない)、実力主義を加味した年功序列制、職場別労組に対して企業別労組など十数項目にわたってその特質にふれた。中でもボトムアップによる人間関係管理を中心とする参画、合意によるチームワーク重視の集団主義、すなわち「おみこし経営」については、理解してもらうのに相当時間を要した。

 一方、サミットの討議の中に、マレーシアは「日本産業の高度化に伴い、付加価値が低くなった技術をどんどん移転してほしい」と要請、スリランカは「第三世界は先進国の中古機械の捨て場ではない」とも述べた。自国の工業基盤と技術蓄積、技術レベルに見合った技術移転が望まれているのではないか。

 国際版「異業種交流プラザ」ともいえる「国際中小企業情報センター」や「中小企業大学校海外研修コース」の設立など、単なるお祭り騒ぎから中小企業を活性化させる複合的な施策が必要な時である。

 サミット参加国はそれぞれ国情、特性があろうが、中小企業レベルでの新しい国際交流、国際協力によって、貿易摩擦のさなか「鎖国、繁栄の弧島、国際音痴」などの悪口を一掃し、真の国際社会への一員として心を通わせ、国際人脈作りに努力すべきである。

(慎三)

温かい心と英知が、より必要な時

1982年(昭和57年)12月13日(月曜日)

 ボーナスが出た。お歳暮のシーズン。歳末商戦たけなわである。江戸時代に商家の間に年二回の決算期である盆と節季(大晦日-おおみそか)に贈り物をする商習慣が生まれ、後に武家社会へと普遍化したという。お歳暮は、一年間の総決算として、お世話になった人や、仲人、親類、縁者、親友などに親愛の情と感謝のしるしとして贈られてきた。時代、生活形式、つき合いの方法が変っても、実生活に定着している。贈答習慣は結婚とともに始まり、高年齢になるほど、そのつき合いの広さとともに増加傾向にあるというが、平均七・八件とのこと。

 しかし贈り物とともに形がい化し、虚礼廃止を叫ばれながらお正月の年賀状は国民感情としても、商習慣としてもコミュニケーションに大いに役立つものである。個人的には年齢の五倍程度の年賀状のやりとりが多いようだ。取引先へ出す賀状には単調な祝詞に加え写真、図案、色を効果的に活用し、印刷だけでなく担当者も一筆書き添えるなど創意工夫がほしいものだ。

 管理職に次のことを質問してみた。部下の出身校、誕生日、血液型、部下の家庭訪問、部下を自宅へ呼んだか、など。ほとんどが仕事の忙しさにかまけて十分でなかった。時間外、会社外、仕事外の”三外”こそが部下との太いパイプではなかろうか。

 ミノルタカメラの情報システム部では、管理職3人以外は部員26人全員が、一日中コンピューターのディスプレイとの対話で、ME(マイクロ・エレクトロニクス)化による人間疎外が心配とのことである。

 ME(NC、MC、産業用ロボット、OAなど)化により、単純繰り返しの非人間的ダーティーワーク(危険、非衛生、過酷作業)から解放された。しかし一方でME化に追い越され、MEジレンマ(矛盾)におちいり、ME化時代への再教育、配転にも適応性を示さない「ME落ちこぼれ族」が問題児となる。技術革新時代を温かい心と英知で切り開いてゆかねばならない時代が来たのである。
(慎三)

2011年9月15日木曜日

運と根と鈍…経営者のカギ



1982年(昭和57年) 11月15日(月曜日)

「あくび、無愛想(ぶっちょう面)、かげ口、舌打ち、ふところ手」。これが三越小僧(店員)の五禁である。「ぶっちょう面のなおらぬ者はやめて、葬儀屋の小僧となるべし」など、今に生きるユニークな家憲の一節である。

三百十年の歴史をもち、「今日は帝劇、明日は三越」とうたわれ、物質文明の頂点のように思われ、三越の包装紙が上流指向の象徴でもあった。

しかし、流通業界はスーパーの大旋風。三越はダイエーに抜かれ、ニセ秘宝展、岡田前社長の逮捕と、すっかりブランドイメージを落としてしまった。

先日、久しぶりに糸川英夫先生の発想法をお聞きした。「悪口を言われたら、ニコッと笑え。自分(自社)の悪口をメモする。その悪口の裏がえしが新製品である。」と。悪口をいわれれば、しかめ面が普通である。笑顔で返し、冷静にメモをとり、反省材料とする。なかなか言うはやすく、行うのに骨が折れるものである。

長たるものは単に職業的能力に優れるだけでなく、人間的能力(器量、度量、情義)を兼ね備えねばならない。また長を補佐する謀臣(参謀)は、決断を促し、激励し、間違いを正す力量が必要で、イエスマンであってはならない。顔色をうかがうだけの従属集団から真の自立集団を育ててこそ経営者といえる。

中国のことわざに「順理則裕 従欲惟危」がある。「利に従えば裕(ゆた)かなり、欲に従えばすなわち危うし」である。社会の公序良俗、会社の秩序に従えば発展し、よこしまな考えで欲ボケると会社を危うくする。ゴルフだってギリギリ最短距離をねらってOBを出すものである。目先の欲望にまどわされることなく、しっかりとした大局観をもつべきである。

人との出会い(運)、いい発想の持続力(根)、敵を作らず吸収する(鈍)。この運、根、鈍、が処世術のカギではなかろうか。強大な権力におもねることなく、常に自戒の念をもって経営に全力投球すれば、伝統はますます精彩を放つものである。

(慎三)

2011年9月14日水曜日

企業の国際協力は技術と人材

1982年(昭和57年) 10月11日(月曜日)

世界同時不況下、中南米企業進出基礎調査の旅に出た。有資源国で中進国のメキシコ、ブラジルを選んだ。八百億ドルの借金で国家財政破局の危機に直面しているメキシコは、銀行国有化で一段落ついたものの、地下資源を盾に開き直りの感がある。

長い歳月の間に好不況の浮沈も多いが、今回のダメージは大きく、日系の進出中小企業の中には引き揚げを考えている会社さえある。石油にわいたメキシコにも大変なカントリーリスクが隠されていたのである。まさにスペイン語の「マス オ メノス」(英語では「プラス オア マイナス」で、まあまあいいやの意)の連発である。

ブラジルでもポルトガル語の「マイズオメノス」と言い、厭世的な同意語がある。毎年100%のインフレ率に、今後大きなナショナルプロジェクトがほとんどなく、経済に活性がない。しかし日本と同じ人口で国土は二十二倍、資源はいたって豊富である。不況下とはいえ両国ともラテンアメリカ特有の陽気なムードがあふれている。

日本では三ズ主義といえば、「読まず、考えず、学ばず」であるが、進出企業の幹部氏に聞くとブラジルでは、「怒らず、あせらず、あきらめず」だそうで、お国柄と日本進出企業の辛抱づよさがわかる。

五十年前ブラジルへ渡り、千人を擁するトップ農機具メーカーとなったJACTO社西村社長に再会する。数年前、私の会社にみえた時、コーヒー収穫機の油圧化をアドバイスした。今回その高さ5メートルの大型機が完成し、試乗させてもらう。八百人分の仕事を片づける高能率である。西村氏はポンペイアに渡伯五十年を記念して、私費で農工専門学校を設立、ブラジルに骨を埋めるつもりで奮闘しておられる姿を見て感激であった。

また、造船所を造って二十二年間の苦労が実り、石川島ドブラジル社は同国の50センタボのコインの図柄にまでなっている。折りしも浩宮さまのブラジル訪問で七十万人邦人はわいている。けだし、これからの企業の真の国際協力は単なる貿易にとどまらず「技術をたずさえた人材輸出」ではなかろうか。

(慎三)

2011年8月31日水曜日

お客サービス、工夫と行動


1982年(昭和57年)9月13日(月曜日)

不況の中、東奔西走の毎日だが、よくタクシーを利用する。かつての神風タクシーは減ってきたが、ムッツリドライバーに乗り合わせると、変にものを言って、からまれないものかと気が滅入る。それに反し、クラウンタクシーに乗るとおしぼりが出、日本タクシーに乗ると運転手名入りのティッシュ・ペーパーが出ることで有名である。責任をもってお客さんを送りました、という印でもある。

この日タクでは、ガギグゲゴ社員(がめつい、義理を欠く、グチっぽい、元気がない、ごう慢)は班長にしない。幹部に向くのは、カキクケコ社員(感動する、記録する、苦労を共にする、健康に留意する、交際上手)だと酒井専務が言っておられる。運転手の教育、訓練の大切さがわかる。

十数年ぶりに金沢の機械メーカー、渋谷工業を訪れる。玄関を入るやいなや、全員が「いらっしゃいませ」の合唱である。前回訪問した時の驚きの再現である。渋谷社長は「手を止めてあいさつをしたのでは能率が下がるのでは」の問いに対し「むしろ心の生産性は上がっているはず」との答えに感服する。
一方、装粧品卸の「寺内」では、いまだに「ニコハイス」精神である。お客に呼ばれると、ニコッと笑って、ハイと返事をし、スッと飛んで行く、のである。気持ちのいい職場である。

最近、オアシス運動(おはよう、ありがとう、失礼、すみません)なる言葉を耳にする。いまさらながらという気もするが、身近な簡単なことが徹底して出来ていないのである。

貝印カミソリでは、毎日生産されるカミソリの「試行当番」がいる。試し剃りをして、その日の製品品質を身をもって確認することで、エンドユーザーに交換を持たれている。

仕事とはお客様にどうすれば喜ばれるかを考え、工夫し、行動することではなかろうか。

(慎三)

2011年8月25日木曜日

「みんなでやれる方法を考えよ」

1982年(昭和57年)8月16日(月曜日)

「みんなでやれる方法を考えよ」

盂蘭(うら)盆、そして三十七年目の終戦記念日が過ぎた。

閑さや岩に沁みいる蝉の声

芭蕉の句がぴったりの今日このごろである。大丸の「戦争展」をじっくりとみる。戦中、終戦直後の苦しかったこと、ひもじかったことがよみがえってくる。

岡谷の悲惨な工女を題材とした名作「あゝ野麦峠」の作者山本茂実氏の体験的人生論を聞かせてもらった。「喜びとは悲しみの深さである」「自由とは不自由をしたことのないものには理解できるものではない」「まずいものを食べたことのないものに、美味、ということはいえない」など。また「今はすべてが有るという所から出発している。昔はすべてが無から出発している」「今はすべてだれかが悪い、他人のせいにする、他罰時代である」……感銘深い言葉が多かった。

それにひきかえ、国民として何とも歯がゆい行革あらし。ついには「ゴルフ善幸。メザシ土光」なる言葉さえささやかれ出した。ゴルフ三昧(ざんまい)の鈴木総理に対して、メザシをおかずに質素を宗として努力される土光さんに行革ファンとして声援を送りたい。

石門心学に日本人はみずからの経済活動を「仏業」と理解し、物を大切にし、祖先を敬い、感謝の念を忘れないものとある。今はそれに対して「三タイ主義」といっていい。「言いたい放題、食べたい放題、したい放題」で、飢え、寒さ、貧乏の逆境を知らず、それに耐え、辛抱し、我慢することができないのではなかろうか。

そして、その考え方が、えてして環境が人を造る、と思いがちになる。「環境が人を造るのではない。人が環境をつくり、心構えが人間をつくる」ものである。短い夏、低成長、不景気……。ビジネスマンは夏バテもできず、頑張っている。「行革つぶし」なるイヤな言葉を耳にする。「やれない理由を探すより、みんなでやれる方法を考えよ」。私の好きな言葉である。

(慎三)

2011年8月24日水曜日

多様化社会ー価値観をしっかりと

1982年(昭和57年)7月12日(月曜日)

多様化社会ー価値観をしっかりと

産業スパイ事件が世間を騒がせている。もはや「原理はアメリカ、応用は日本」の時代は過ぎたといえる。日本固有の゛本物゛の先端的科学技術開発の開幕である。すでに技術輸出においても米、独と比肩されている。しかし、いまだ我が国が欧米から学ばねばならぬことは、山ほどある。さりとて、卑劣な手段で手に入れることも王道に反する。

個人主義思想の欧米の契約社会ー利益集団に比して、集団主義思想の日本の信頼社会ー協調集団の中では、えてしてオーバーリアクション(群れさわぎ行動)による瞬間的転換作用が起こりやすい。しかし、今や均一的、規格的、同質的社会から、複雑な個性的、多様化社会へと大きく価値観が変わりつつある。

「学ぶとはマネることから始まる」。生産技術、技術開発など現実的、実際的な改良、模倣の領域から、応用研究、基礎研究など未来的思考な比較的創造性の高い領域へと「学ぶ」レベルも上げて行くべきである。

戦前の「正邪善悪」の価値尺度から、戦後は「損得」、「好き嫌い」、「本物・偽善」と大きく変化している。また、東洋式(和風)、西洋式(洋風)の様に対立した価値観が併存している。それは和食・洋食、和服・洋服、日本建築・西洋建築、邦楽・洋楽、日本画・洋画、歌舞伎・オペラ、日舞・バレエから東洋思想・西洋思想、仏教・キリスト教など本質的な風土、民族、歴史の違いとして認識されている。

しかし、この和風、洋風の生活様式、文化、思想、宗教が日本では混然一体となって、同化し地肉となりつつあるのである。実は十分な判断力、鑑識眼、審美眼を持ちえないまま表面的理解に終始しているかもしれないのである。

創造性は多様な異質性の中から生まれるものである。生産性はこの創造性を高めることである。自らの価値観への尺度をしっかりもつべき時代である。

(慎三)

時移っても不変の真理「凡事徹底」

1982年(昭和57年)6月21日(月曜日)

時移っても不変の真理「凡事徹底」

今月は最も身近な人の本が二冊出版された。一冊はこのほど一周忌を迎えたわが社の創業者の遺訓集で、北浦冨太郎語録「なにくそ人生」(近代経営社刊行、八百五十円)である。いつも直接アドバイスを受けていた時にはさほど有り難さも感じなかった事柄が、没後書物となり三十九項目の人づくり、物づくりの語りかけとなって、それを読み返してみて、新たな感懐を覚える。

一説に「間違いのない男」『熱意があればこの世の中で出来ないことはない。ナポレオンではないが不可能ということはあり得ない。通り一遍で巧く行かないと結論を出す人間は人生の敗残者になる。三遍やって出来ない場合でも私は妥協しなかった。何回もアタックすると必ず出来る。手をかけて苦労したものだけが本当に身につく。あきらめずに三遍以上チャレンジする男なら何をやらしてもまず間違いはない』とある。

もう一冊は友人のコンサルタント・名倉康修氏の「幹部必勝の戦陣訓」である。企業戦争、商戦の言葉の示すように゛闘争経済時代゛強存強栄゛の時代といえる。その用兵編に

小才は縁あるを知らず、縁を活かさず、中才は縁あるを知って、縁を活かさず、大才は縁あるを知って、縁を活かす。

とある。「えにし」を大切に。取引先は資産だの意がよくわかる。

経営とは「徹頭徹尾」やることから利益が出る。また奇手奇策はない。あたりまえのことを徹底的にやる。つまり「凡事徹底」が基本である。「なにくそ人生」「戦陣訓」は共にいつの世にあっても脈々として変わらない真理を説いている。二人の個性あふれる人生観と、その壮絶なる生きざまに、敬意をはらうと共に、その偉大な語りかけを果敢に、ただ実行してゆくのみである。

(慎三)

2011年8月23日火曜日

常に熱意を…心構えが人間を作る

1982年(昭和57年)5月24日(月曜日)

常に熱意を…心構えが人間を作る

景気の、長期低迷の中にあって、わが社では全員セールスマン運動として「ガッツキャンペーン」を実施中である。「ガッツ」とは元来腸線のことで、元気、気力、耐久力の意である。本で読んだ知識、経験を通して体得した見識、腹にすえて会得した胆識(筆者の造語だが)があると言われる。真にガッツのある胆識をつけるためにも、このキャンペーンを成功させたい。

工業化社会にあって、国、企業により大変な生産性の差がついている。大量生産、大量販売による同質的社会から多様化社会、個性化社会へと大きく移っている。アルビン・トフラー博士はこれを「第三の波」と言っている。ここに新しい価値観、世界観、社会制度が生まれて来るのではなかろうか。

技術は一般に人々の生活にかかわり合いのない非人間的なものと思われている。しかし戦争の残した技術といわれる原子力、エレクトロニクス、高分子化学はわれわれの暮らしを見違えるほど変えて行った。そして工業製品の陳腐化速度は急速にスピードを上げている。昨日の新製品は今日スクラップ化の運命をたどらないと断言できなくなってきた。

複合材料、バイオテクノロジー、新機能素子と異領域の先端技術の相互乗り入れの必要性を痛感する。創造性は異質性の中から生まれるものである。生産性とは、この創造性を高めることである。ヒンズー教の教典に

「自分が変われば相手も変わる。
心が変われば態度が変わる。
態度が変われば行動が変わる。
行動が変われば習慣が変わる。
習慣が変われば人格が変わる。
人格が変われば運命が変わる。
運命が変われば人生が変わる。」
とある。

環境が人を作るのではなく心構えが人間を作る。

日本人を「仕事中毒」視する向きもあるが、常に目標に向かって持続された熱意をもって思念(反復して思い入れる)することが習慣としてのクリエイティブシンキング(創造的思考)と言えるのである。

(慎三)

2011年8月18日木曜日

「花と緑を愛する」気持ちこそ

1982年(昭和57年)5月3日(月曜日)

「花と緑を愛する」気持ちこそ

緑が目にしみる季節となって来た。四季折々の風情が楽しめる日本の有り難さを改めて痛感する。桜花らんまんだった先月の風景は、すでに緑したたる新緑へと変貌をとげている。

最近、宇宙衛星が撮影した日本本土の赤外線写真をみた。東京、大阪などの大都市圏は枯渇した荒涼たる砂漠のような死の都会像であった。「工場緑化率」など企業の緑化運動がやかましくいわれるが、単に植物の代謝による空気の浄化作用、美観などの効用にとどまらない事が多い。

わが社では毎月十日を「緑の日」と定め、社長をはじめ全社員が定時終了後、除草、散水、施肥、害虫防除などの手入れを行っている。そこに草木を育てる気持ち(人材育成)、緑化による住みよい地域環境づくり(地域社会への貢献)などのために、額に汗することの有り難さがわかる。

また、やたらと入社記念、永年勤続表彰、周年記念、落成記念などの記念植樹を実施している。この因縁所生が、緑を愛する気持ちを育てるものである。゛子孫に美林を残す゛ではなかろうか。

ややもすると公共用地(堤防、道路、公園、広場など)はゴミの掃きだめ化傾向が強いが、会社の周辺公共用地こそわれわれの生活圏の一部と理解して、清掃奉仕、植樹に努めている。

緑化のための余裕スペースがない、人手がない、経費がかさむということで、不熱心な経営者を見受けるが、緑化どころではない、と看過しがちなこの緑化が、実は生産性向上と比例しているとさえも思えるのである。

「花と緑を愛する」気持ち、小さな生命をはぐくみ育てる心。これが事業百年の計に通じているものと思う。緑化は長期計画である。また植える時期を選ぶものである。せめて、小さな島国がGNP(国民総生産)世界第二位の経済大国にふさわしい、緑あふれる国土にするための、なお一層の企業努力をしたいものである。

(慎三)